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幸せになるにはどちらの男性を選択したら?


★ いつでも一緒にいたい相手、それともたまに会える相手?

これは人それぞれでしょう。飽きっぽい人なら、たまに会うほうがいいかもしれません。周囲をよく見てください。愛があるかないか、愛が深いか浅いか、それはわかりませんが、夫婦はずっと一緒にいます。今までも何十年、これからも何十年・・・。その日々を思うと、気が遠くなるようだと感じる人もいるかもしれません。

★ 愛し合ったら、いつまでも一緒にいたいと思わせる努力こそが大切

ですが、いつでも一緒にいたい相手のほうがいいのではないでしょうか。愛が早く冷めてしまうから、いつも一緒にいるのは嫌とか、飽きてしまうとか、新鮮さがなくなってしまう、と思うのはわがままとしか言えません。

お互いが相手のことを思い、それゆえにお互いの自分自身を常に磨き育てていれば、きっと飽きたり新鮮でなくなったりしないはずです。愛し合うようになったから、もうのこのままでいいと思うのは、はなはだしい勘違いです。愛し合っているからこそ、お互いがもっと変化していかなくてはならないのです。いつも一緒にいて見飽きたと思うのは、それまで怠慢だった証拠です。

そんな人の多くが口にするのが、たまに会ったほうがときめいていられる、という理屈です。確かに性格として飽きっぽい人はいますが、愛はそれぐらいのエネルギーを持っているし、人生を変えるほどの力があるのです。
そして、愛し合ったなら、いつも一緒にいたいと思わせるほどの人間になる努力も必要なのです。それをお互いが心がけなければ、飽きることなんてないでしょう。

★ 一緒にいたいと思わせる相手は日々変化している

いつも一緒にいたい。そう思わせてくれる相手は、くたびれた、生活臭が漂う男であったり女であったりするはずがありません。服装にも、体型にも、行動にも、それに心のあり方にも、きっと日々変化があるでしょう。ときには自分より一歩も二歩も先にいたり、あるいは突然昔のような無邪気さを取り戻していたりと、驚かせてくれるでしょう。

常に自分自身を成長させようとして人からは、いつも新鮮な輝きが放たれています。それこそが、ずっと色褪せずに続く愛なのです。




幸せにつながる男性はどちら?


「生活感」のある人、ない人とはどっちがいい?


★ 生活感のない男は要注意


特に女性は、相手の男性に「生活感」が感じられないときは要注意です。生活感がない人には、「都会的で洗練されていてセンスのいい人」というイメージがありますが、結婚相手としてはちょっと違うような気がします。

結婚まさに生活です。部屋のインテリアと結婚を同じ感覚で見ていませんか。乗る車で結婚生活を想像していませんか。相手の人が美味しいレストランをたくさん知っているから、結婚も美味しい生活になると錯覚していませんか。そんなもの、結婚には全部マイナスかもしれません。ある意味においては泥くさい関係のほうが、結婚生活がうまくいくものです。

理想の結婚生活とか、新しいスタイルの結婚生活とか、テレビの番組などでは、「ワンランク上」の結婚生活が紹介されたりしていますが、ひとりの人と長い年月を一緒に生きていくことに、女性誌の見出しのような形容詞など必要ないのです。

★ 結婚には生活感が一番大切

では、結婚には何が一番必要なのか。それこそ、「生活感」ではないでしょうか。二人の生活を守っていく「経済力」、美味しいレストランを知っていることより「料理力」、二人が一緒にいると実感できる「コミュニケーション力」です。

一緒にいるのに一緒にいる気がしない、と女性に思わせる男は、きっと「コミュニケーション力」がないのです。それは生活感という名の愛情が欠如しているのかもしれません。生活感は、愛情でもあるのです。生活感を嫌う人は、インテリア等に力を入れますが、どうしてもそれは他人の目を意識したものになります。本来は二人が快適に生活できれば十分なのに、それ以上のものを求めているのです。

ですが、「生活感」のある人は、いつも地に足がついた生活をしています。結婚すれば、二人を中心に置いた生活をします。そこには永遠に「愛」が込められているはずです。「生活感」があるひとを見つけてください。少々泥臭くても、それが幸せを招く結果になるはずです。



「俺の女だから」と思っている男、思わない男はどっちがいい?


★ 「オレのオンナだから」など言う男は、非常に危険


街の中で女性を叱りつけている男性がたまにいますね。そんな男性は一番危険な男性です。

世の中には、男と女の間に起きるさまざまなすれ違いが存在します。嫉妬、束縛、誤解、浮気など、数え切れないほどありますが、そんなものより、もっと怖いのが「人前での威圧」です。嫉妬が原因なのかもしれませんが、街中など、他人が大勢いるなかで「嫉妬の発表会」をするなんて、許されるでしょうか。全然関係ない他人だって、そんなものは見たくありません。

顔をゆがめて、口から泡を飛び散らせて怒鳴ったり、あるいは沈黙したままで、視線や指先で威嚇する。男性はそれで気持ちを納得させようとしているのですが、女性があまりにも可愛そうです。

おそらく「もう、こんな人とは別れよう」と決心しているのですが、男はまだ「俺の女だから」と馬鹿みたいに偉そうに、肩を斜めにいからせて、目を三角にして、女性を威圧しているのです。あっちへ行ってください、と言いたいのですが、そんなときの男は暴力的に見えて、危険を感じます。

★ 一番の犠牲者は女性です、すぐに別れましょう

一番の犠牲者はその女性です。もう別れてあげるから何も言わないで、と訴えているのに、相変わらず納豆の糸のように粘っこく威圧しているのです。女性を疲れさせ、どんどん駄目にしていくのは、ところかまわずそんな行動をとってしまう男です。女性の気持ちをまったく理解していないのです。

嫉妬や束縛の気持ちは、人間には必要不可欠なものでありますが、それは、その中から男も女も学び取って成長していくからです。
しかし、「俺の女だから」と人前で相手を威圧するようなことには、何の得もありません。二人の気持ちを離れさせるだけなのに、それを癖にしてしまっているのです。

もし、あなたの彼がそのような人なら、一度話し合って、そういうことはやめるように教育しなければいけません。早期治療をしてください。それが無理なら、離れたほうがいいでしょう。そのような男に対して、「あなたは自分を何だと思っているのか」と一喝すべきです。


「だめんず」ばかり好きになるのはなぜ?


★ 「だめんず」にも魅力があるから好きになったはず


「だめんず」と呼ばれる人しか好きになれないのは、あなたがそういう人に魅力を感じるからです。そういう人をどう呼ぼうとそれは世間の勝手で、あなたにとっては、その人は駄目ではないのです。世間一般がそういう言葉の載った辞書を持っているだけなのです。「だめんず」と意識すること自体が間違っているのです。

いわゆる「だめんず」という流行語が、社会で通用すること自体に違和感があります。自分の好きな人を、どの視点で見るかということなのです。あなたは、自分が好きな人を社会に認めさせたいのですが、この社会のすべての人から、素敵だと思わせたいのでしょうか。あなたの視点を社会に合わせたいのでしょうか。

安定した地位も経済力もなく、先の見えない夢を追っている男。いつも自由を求めて生きている、ある意味で子供っぽい男。そういう男性は、確かにダメ男と言われてもしかたないかもしれません。

ある女性はそんな人とはたとえ一秒でも一緒にいたくない、と言うかもしれません。いつ何をするかわからないし、いつ爆発するかもしれない、まるで爆薬を持っているようだと感じるかもしれません。

★ 愛しているなら「だめんず」でもいい

しかし、あなたがその人を愛しているなら、世間から「だめんず」と呼ばれる男であってもいいのではないでしょうか。あなたの中には、そういう人を好きになってしまう要素があり、母性本能が強いのです。更生させてあげたいわけではなく、刺激的な人と一緒にいることが好きなのです。世間からは駄目だと言われていても、そこに母性本能をくすぐられる何かを感じているはずです。

あなたの視点でその人を見て魅力を感じ、愛しているなら、あれこれ考える必要はないでしょう。とかく世間は輪郭を見てしまい、本質的なことを見過ごしていてる場合も少なくありません。「だめんず」と呼ばれている人のほうが、人間的で純粋で、しかもかわいいのではないでしょうか。

自分を忘れてあるものに集中する姿は、まるで永遠の少年かもしれません。ちょっと激しいその行動は、忘れがちな、かつての日本人の姿を思わせます。平均化する日本人の中にあって、自分をとても大切にしている証拠かもしれません。

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